兵庫県加古川市|グリーンピース動物病院 の 2016 10月
院長ブログ

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僧帽弁閉鎖不全症(あるいは僧帽弁逆流症)の治療のさじ加減

12才2ケ月になる、まるで日本スピッツかと錯覚するような美しいポメラニアンの男の子の話しですが。

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約1年前に、咳をするようになって、近医で「心臓の音が良くないね。」と言われて。 心臓のお薬を処方されたのですが。 服用開始から3日目で妙に元気が無くなったので、服用を中止したそうです。

その後、微妙に咳が続いていたらしいですが。 3週間前から急に咳がひどくなって来たので。 再度同じ近医を受診して。 お薬を2種類処方されたのですが。 全然改善しないので。 当院にかかっておられる犬友さんの紹介により、 グリーンピース動物病院を受診して来たとのことであります。

処方されたお薬を見せてもらうと、 ひとつはACE阻害剤という種類のお薬で。 もうひとつは多分ステロイドホルモンらしいです。

胸部聴診を行なってみると、全収縮期心雑音が、 ニューヨーク心臓病協会の基準で言うと6段階中3段階くらいの強度で聴取されます。 不整脈までは発生してはいません。

詳しく訊いてみると。 今までの診察では胸部エックス線検査も心エコー図検査もしていないということです。

若い頃に心雑音が無かった子で。 ある程度年齢が来て、 心雑音が聴こえるようになった場合。 80%から90%の確率で僧帽弁閉鎖不全症ですから。 その先生の診察方法もあながち間違いというわけではありませんが。

やはり、残る10%から20%の他の心臓病の可能性を探ることも大切かと思いますし。 エックス線検査や心エコー図検査を実施すれば、 他の病気との鑑別や重症度の判定も出来ますので。 それなりに意味あることと思ってやっています。

まず、胸部エックス線検査を行なってみます。

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画像のオレンジの矢印の先は左心房領域なのですが。 かなり膨れていて、専門用語で言う後方心ウェストの消失という状態です。
黒い矢印の先周辺は、 肺の後葉でして。 これくらい白っぽいということは、 肺炎か、肺水腫のどちらかという印象ですね。

一応体温測定もしましたが。 直腸温で38.8℃で、平熱でしたので。 肺炎は除外して考えることにします。

次に心エコー図検査を実施しました。

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犬の身体の左下からエコーのプローブを当てて撮影してみると。本来は薄く見えるはずの僧帽弁(赤の矢印の先)が妙に膨らんで見えます。 これは弁の粘液変性と言う病的な変化で、心臓弁膜症に特有の病変です。
この図でも僧帽弁の下に見える左心房が拡張している感がありますが。

次に大動脈と左心房の大きさの比率を測定してみます。

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点々の線が2本見えますが。 上の短い破線の部分が大動脈の断面で。 下の長い破線も部分が左心房です。
この二つの大きさの比率は、正常な犬では1対1もしくは1対1.5くらいなのですが。 この子は1対1.8という状態で。 左心房が大きくなっているということが判りました。

次に、心臓の収縮率を測定してみます。

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心臓の輪切りの画像ですが。 左が拡張した時。 右が収縮した時の画像です。
これを計測してみると、下の表のFSというのが心収縮率ですが。 31.3%というのは心臓の収縮率としては問題ない数字です。
これで、心臓の筋肉には問題は無いと判断しました。

最後に、胸壁の左下からプローブを当てて、心臓の4腔断面を書いてみます。

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4つ見える黒い空間が、左心房左心室(右側に見えます。)と右心房右心室(左側にみえます)で。矢印の部分が僧帽弁で。 やはり先が膨れていて粘液変性を生じているのが判ります。

ここで、カラードップラーを当ててみます。

カラードップラーとは、物理のドップラー効果(どんな現象かは検索して調べてみて下さい)を応用した撮影方法です。

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台形の下の色が付いている部分で、赤や黄色や緑の色がモザイク状に混ざって見えるところでは血流が乱れて渦状になっているということでして。 青一色との境界が僧帽弁ですから。 心室が収縮した時に弁が閉じ切れなくて、血液が逆流していることを現わしているのです。
この逆流は、あってはならない現象であります。

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右心房と右心室を隔てている三尖弁にもドップラーを当ててみましましたが。 逆流はあるものの、ごくわずかです。

以上で検査は総て終了です。 心電図は聴診で不整脈とかは無かったので、今回は省略しました。

以上の結果を総合的に判断すると。 近医さんの診断は当たっていたあものの、重症度の判定に関しては今ひとつだったようです。

この症例に対して私が行なった処方は、 近医さんで処方されたACE阻害剤は継続して使用すること。 心筋の収縮力増大と全身の血圧を低下させるという一見相反する作用のあるお薬に、肺胞に溜まった水を抜く利尿剤、 更に一応細菌の2次感染を防ぐ抗生物質を組み合わせるということでした。

これを2日間試してみて。 症状改善があるかどうか?2日後に判定します。

2日後に来院したポメちゃんは、呼吸状態非常に良くなってまして。 飼い主様もびっくりされてました。

一応肺水腫の状態がどうなっているのか?胸部エックス線検査は実施しました。

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黒い矢印の先の後葉の白さはかなり黒っぽく変化してまして。 水が抜けていることが判ります。
オレンジの矢印の先の左心房の拡張も幾分改善していると見て取れます。

緊急状態は一応脱したと判断しましたので。 利尿剤の投与回数を1日2回から1回に減らして。 次の1週間分を処方しました。

来週調子が良ければ、利尿剤と抗生物質はいったん休薬して。 ACE阻害剤と、心筋収縮アップと全身血圧低下を狙ったお薬の2種類は当分継続するという形で治療を続けて行く予定です。

今後、治療を続けて行く間に、病気はそれなりに進行はして行きますが。 治療をするのとしないのとでは、進行速度には大きな差があると思います。

飼い主様には、100数十万円以上はかかるけれども。 弁の再建手術を行なえば根本治療となるので。 希望されるならば手術の出来る動物病院を紹介させてもらうとお伝えしましたが。 年齢から考えてもコスパには相当無理があることもあって。 手術の道は選択されませんでしたので。
これからは、 私が内科的にこの子の心臓弁膜症を管理して行くことになると思います。

心臓弁膜症の内科的療法は、その犬が老衰とかの他の原因で亡くなった時に、結果として心臓で苦しまなかったということが、 治療の成功ということになると考えています。 これから永いお付き合いになることと思いますが。 頑張って治療して行くつもりであります。

幸せに長生き出来ますように祈っています。

ではまた。

 

長時間作用型外耳炎治療薬とその限界

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その外耳炎治療薬は、オスルニアと言いまして。 割りと最近認可された外用薬ですが。

薬屋さんの曰くは、 外耳炎を患っている子が来院したら。 とりあえず、 このお薬を点耳(耳の穴の中に注入することをこう表現します)します。 この時に耳垢とかはそんなに頑張って除去しなくても良いということです。

オスルニアを1回点耳したら、内服薬を出す出さないは別として。 患者さんをお帰しして。 1週間後に来院するまで自宅では何にもしなくても良いということです。

初診で1回点耳して1週間経過して再来院して来た時に。 再度オスルニアを点耳します。

2回目の点耳の後も、そのまま帰宅させます。

その後も自宅では何にもしなくてもよろしいとのことです。

1週間後に3回目の来院の時に、治っていることを確認して治療終了となるということです。

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初めてそのことを聴いた時には、俄かには信じることが出来ませんでした。

それまでの外耳炎の治療は、最初の診察で耳垢を洗浄除去した後、自宅で毎日お薬を点耳し続けることが標準的なやり方ですから。

ものは試しにと、 外耳炎で来院して来た子に、 このオスルニアを使用してみたところ。

薬屋さんの言う通りに、 自宅で何もしなくても外耳炎は合計3回の診察で治りました。

その後、数頭オスルニアを使用してみましたが。

何頭目かに、オスルニアを使用しても治らない子に遭遇しました。

その原因を探るべく。 その子の耳垢の細菌培養と薬剤感受性試験を実施してみたところ。

オスルニアに使用している抗生物質に耐性を持つ細菌が感染しているということが判明しました。

オスルニアというお薬は。 基材やお薬の作り方に特殊な技法を用いて、耳の穴の中でお薬が長時間作用し続けるようにしたものだと思います。
使用している抗生物質が、今まで獣医療で使われて来なかった種類の物なので、最初の数例はたまたま薬剤耐性菌に出合う確率が低かっただけで。 順調に治ってくれたものの。

いつかはこのお薬に反応しない細菌による外耳炎に行き当たることは当然と言えば当然だと思います。

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これはオスルニアが利かない外耳炎の耳垢の細菌培養と薬剤感受性試験の例です。 上の画像の赤い矢印の先がオスルニアに使用している抗生物質を含ませているろ紙です。

ろ紙の周辺に、点々と見えているのが細菌でして。 薬の存在に関係なく生えていることは。 その薬が利いていないということです。

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これは、オスルニアが利いている外耳炎の耳垢の培養です。 矢印の先のろ紙の周辺には小さなツブツブの細菌は生えていません。

というわけで。 夢の新薬と言えども抵抗性のある細菌が原因の場合、治療には役に立たないということが判明してしまいました。

また。 これは従前からそうなのですが。 外耳炎を再発する動物は、基礎疾患としてのアレルギー体質や、免疫力低下などの素因を有しているわけです。

外耳炎の子が来院した場合には。 必ず基礎疾患の有無にも思いを致しながら診療にあたる必要があります。

ではまた。