兵庫県加古川市|グリーンピース動物病院 の 生検と細胞診及び病理組織診断(やっつける前にまず相手を知ろう)
診療方針

生検と細胞診及び病理組織診断(やっつける前にまず相手を知ろう)

腫瘍を診断し、治療するに当たって何よりも大切なことはその腫瘍がどんな細胞に由来する腫瘍で、悪性なのか良性なのかということを最初に調べることである。

動物の身体は様々な種類の細胞の集合体なのだが、それぞれの細胞のいずれもが腫瘍化する可能性を有している。 そして、実際に我々人間を含める生き物の体内では日々腫瘍が発生しているのだが、発生するそばから免疫担当細胞によって殺されていて事無きを得ているとい うのが真相だそうな。

人医療の分野でもそうであろうが、獣医療の分野でも腫瘍のデータの集積には素晴らしいものがあって、腫瘍の正体が判明すれば、選択するべき外科的内科的治療の方法、患者の今後の経過が良く判るのである。

それで実際に腫瘍と思われる腫瘤(マス)とか潰瘍性病変を有する患者さんが来院した時に私が行なうのが生検(バイオプシー)であり細胞診である。

バイオプシーで最も多用するテクニックは、針生検、細い針による吸引生検(ファインニードルアスピレーションすなわ ちFNA)で次が押捺生検(スタンプスメア)である。 これらの方法は採取できる細胞の数が限られるので診断能力は必ずしも高くはないのだが、患者さんに対する侵襲が非常に軽微に済むという利点がある。 そして、患者さんへの侵襲が比較的大きいけれども診断能力の高い方法としてはツルーカット生検針の使用とか腫瘤の部分切除という方法がある。

針生検のやりかたは、23ゲージの注射針だけで目的とする腫瘤をプスプスと数回刺して、針のハブの部分に少しでも色がついたら、空気を吸った注射筒に接続して、針の中の内容をスライドグラスに吹き出して、それを薄く広げて細胞診に出すのである。

単純な針生検で材料が採取できない場合には、FNAということになる。 この場合は、23ゲージの注射針に10ミリリットルの注射筒を装着して、腫瘤を突いては注射筒の内筒を引いて吸引するのだ。

材料が採取されたらやはりスライドグラスに吹き出して、薄く広げてから細胞診に回す。

腫瘍に起因するかも知れない潰瘍性病変については、スライドグラスをその潰瘍部分に押し当てて、細胞を採取するいわゆる押捺生検(スタンプスメア)という方法で材料を採取する。

細胞診であるが、自分でも一応は院内で染色して顕微鏡で見るのだが、なるべくラボに送って病理の専門家の判断を仰ぐ ことにしている。 自分自身は必ずしも病理の専門家でもないので簡単なものでなければ誤診の可能性を否定できないし、クライアントには専門家の責任ある診断書を提示して説明 した方がより信頼と理解を得られると思うからである。

また、体表に出ているマスは、その形状によってマスの部分に神経が通っていないと判断されるのであれば、一部分だけ 切除して、切り取った塊をラボに送って病理組織検査をしてもらうということも再々行なっている。 しかし、この場合には時として腫瘍が怒り出して急速に大きくなったり悪化したりする危険性もないではない。

この他に、ツルーカット生検針という器具を用いての生検も時々ではあるが行なう。 ツルーカット生検針では小さいながらも組織の塊が採取されるので、細胞診よりも格段に診断能力が高いのであるが、やはり針生検よりも組織侵襲の程度は、大きい。

なお、腹腔内とか胸腔内のような体腔内のマス病変に対しては、超音波診断装置の針生検ガイドを用いての穿刺生検を行 なうのだが、これはあまりやったことがない。 大阪府立大学のドクターKなどは超音波診断装置のプローブで体腔内の様子を確認しながらフリーハンドでマスを穿刺するような離れ業をやってのけるのだが、 ちょっと真似ができそうにない。 しかし、今後はフリーハンドは無理としてもガイドプローブを用いての生検も試みてみたいものだ。

そうして得られたマス病変や潰瘍性病変についての診断は今後の治療方針に対して決定的な意味を有している。 すなわち外科手術を行なう際に取るべきマージン(病変摘出の際に病変部分に付着させる健康組織の範囲)の大きさや化学療法の薬剤の選択、 あるいは放射線療法が有効かどうかの判定など、マス病変や潰瘍性病変の診断と治療にはこのような検査診断の方法は絶対に欠かすことが出来ないのだ。

ただ、乳腺の腫瘤の場合に限っては、針生検とか針吸引の診断能力は必ずしも他の部分に出来た腫瘤ほどではないという 教科書の記載もあり、その対応はかなり悩ましい。 部分、あるいは全体的な切除と病理検査を試みる方が確実な診断に直結するので、なるべくそうするように クライアントにお勧めするようにしている。

乳腺に出来たしこりに対する対応について…

犬の乳腺にしこりが観察された場合、その5割の確率で悪性腫瘍、さらにその半分が転移性(悪性度が高い)、というのが犬の乳腺の腫瘤に関する教科書の記載 である。  この場合の検査診断の手順として、細い針で腫瘤を突いて吸引して細胞を取って検査してみるということもやる時があるが、これが絶対確実に結果が出るかと いうと、そうでもなくて、悪性腫瘍を見落とすことが多々あるようである。  針吸引よりもさらに確実な検査として、ツルーカット生検針という腫瘤の小さなブロックを切り取る方法がある。  ツルーカット生検ではかなり診断の精度は上がると思うが、それでも完璧かというとそうでもないようだ。  結局一番正確な診断は、麻酔下で切除して腫瘤全体を病理検査に出すのがベストである。その場合に、小さく切って腫瘤をスポット的に取り出す方法と、数個 の乳腺あるいは片側全体の乳腺を全部切除する方法がある。  なお、腫瘤が左右の乳腺に存在する場合には、左右の乳腺の連絡は、血行性にもリンパ行性にもないとされているので、それは別々のものである可能性も高 い。 従って左右の乳腺に別々に出来た腫瘤は全く別々に考えなければならない。  犬の年齢によって、高齢の場合にはなるべく最初から大きく切除して、後の憂いを取り除くのがベストであるが、飼い主さんによってはいきなりその方法は非 常に乱暴に感じられる場合も多いようだ。その場合には、話し合った上で、まず腫瘤全体を小さく切除して病理検査に出し、悪性所見が得られたら片側の乳腺全 体を切除するという2段構えの方法を取ることもある。  針吸引、ツルーカット生検、部分切除、乳腺全体の切除と、段階的に診断の精度は上がって行く。 同時にかかる費用も段階的に多くなるし、動物に対する侵 襲度(ダメージ)も大きくなって行く。 しかし、他の動物病院で中途半端な対応をして、結果、腫瘍が再発転移し、動物が命を落とす事例も多く見ているの で、後々繁殖の予定があるかどうかでそれはまたいろいろ考えなければならないのであるが、なるべくしっかりとした対応をやった方が良いと考えている。  しかし、悪性腫瘍の場合でも、腫瘍がひどく炎症性の場合には乳腺の全切除を行なっても結果が悪いとも、これは教科書の記載であるが、言われているので、 実際に患者さんをこの目で診察しなくては一般論しか言うことは出来ない。  なお、猫の乳腺に出来たしこりについては、その8割が悪性であり、悪性度も非常に高いというのが定説である。 従って猫の乳腺にしこりが発見された場合 には、問答無用でなるべく広い範囲で乳腺全体を摘出する必要がある。  そして、猫の乳腺腫瘍の予後(将来の予測)はそのサイズが直径2センチであったか3センチであったか、摘出手術を行なった時点での大きさで命運が別れ る。   であるから、猫の場合には、出来るだけ早期に外科的対応を試みる必要があるのだ。 また、乳腺のしこりを摘出して病理に出した結果が悪性で転移の起こりうるものであった場合、転移再発を防ぐ方法として化学療法を考慮するのであるが、その 場合最初に使用する薬剤としては、高価ではあるが比較的副作用が少ないカルボプラチンという薬剤を使用することが多い。 カルボプラチンは5%グルコースに溶解して静脈点滴するのであるが、これを4週間間隔で3回から4回繰り返して、しばらく様子を見るのである。 で、転移再発が生じなければ良し、万一転移再発が生じた場合には、アドリアマイシンというかなり強力な薬を、これも静脈から注射してやる。 アドリアマイシンは非常に良く効く薬であるが、心臓毒性があり使用出来る回数が限られるので、奥の手として取っておくのである。