兵庫県加古川市|グリーンピース動物病院 の 破折と歯髄露出の処置
診療方針

破折と歯髄露出の処置

歯が割れたとか折れたとかというトラブルは、圧倒的に猫よりも犬に多いように思われる。 犬は猫と比べて硬いものを咬んだり齧ったりする性質が強いためなのであろう。

で、どんなものを咬んで歯を壊すのかといえば、今まで見聞きした範囲では、牛の蹄が結構多い。 次に牛骨と来て、牛は骨も蹄も結構硬いのだ。 変わったところといえば、私の愛犬エアデールテリアのニックは何時も子犬に生鶏頭を与える時にハンマーで2回ほど叩く台に使っていたコンクリートブロック を齧って(切歯)前歯を3本ほど折ったことがある。 また、猪犬で咬みの強い犬は猪の頭部を攻撃する際に頭骨とか猪の歯牙によって自分の犬歯や裂肉歯(上顎第4前臼歯)を破折することがある。

歯牙の破折がよく起こって、またトラブルに繋がるのは圧倒的に上顎第4前臼歯であり、その次が犬歯である。 やはり咬む際に大きなストレスのかかるのがこのふたつの歯なのであろう。

上顎第4前臼歯の破折はどのように起きるかというと、縦に薄くそがれるように外側の部分が板状に割れている場合がほとんどである。

犬歯の場合は、大抵斜めに折れるような形で、その程度はいろいろであるが今までの事例ではほとんどが歯肉から上のい わゆる歯冠といわれる部分の半分以上は残っている場合がほとんどであった。 一回だけ、私が繁殖した牝のエアデールテリアが体重約130キロの猪に咬み付いた際に、猪の動きに犬歯の歯槽骨の強度がついていけずに歯槽骨が完璧に骨折 してしまい犬歯が根元から抜けてしまったのもあった。

フリスビードッグが速いスピードで回転するポリエチレン製のフライングディスクをキャッチする際に、恐らくプラスティックとの摩擦による熱が原因だとは思うが、上下左右の犬歯の先端が徐々にちびてくるのも破折と言うのであろう。

歯が破折すると、その程度にも拠るが、歯髄が露出する。 歯髄とは一般に歯の神経と呼ばれている部分で、血管や神経の存在する歯全体にに栄養を供給する組織だ。

この歯髄が露出してしまうと、細菌や真菌やスピロヘータのたくさん存在する口腔内の環境にさらされてしまうことにな るが、結果は細菌に侵されて歯髄炎とか根尖膿瘍とかいう歯の感染症になってしまい、歯が痛んだり、上顎第4前臼歯であれば眼の下の皮膚が膨れてそこが破 れ、膿が出てくるという困った状態になってしまう。

では、歯牙の破折でどれくらいの間歯髄の露出を放置していると歯髄炎や根尖膿瘍になっていくのであろうか?歯科のセ ミナーでの資料では、犬の年令によっても異なるようだ。 すなわち歯髄腔がまだ広く大きい幼若な犬ではわりと感染に強いがそれでも数日放置していると危ないようだし、 成長しきって歯髄が閉じてしまっている犬では1日でも危ないように聞いた。 要するに歯牙が破折して歯髄が露出したならば出来るだけ早くに動物病院で診察を受けて歯髄処理をしてもらわないといけないということであった。

なお、フリスビードッグの犬歯の磨耗については、歯が徐々にちびていくにつれて、それを代償するように歯髄腔の内側からカルシウムが沈着して感染を防ぐ機構が働くようなので心配することはないようだ。

ただ、私の乏しい経験では破折して歯髄が露出した状態を何ヶ月も放置していたような場合でも歯髄炎になっていない症例があったりするので本当のところはどうであるのか正直判らない。 しかし、一刻も早くに歯髄処置をしなければならないという点は正しいと思っている。

で、その歯髄処置であるがどうするのかというと、まずドリルで歯髄を少しだけえぐって汚染された部分を除去する。 そうしておいてから出血を止めてやって、歯髄を保護する作用のある水酸化カルシウム製剤で歯髄を覆ってやるのだ。

水酸化カルシウムで歯髄が被われたら、次は光重合型のグラスアイオノマーセメントという材料でそれを覆い、最後の仕 上げは、歯科用コンポジットレジンというエポキシ系?の硬いプラスチックで咬合面を仕上げる。 処置が終了したら、念のために嫌気生菌を殺す作用の強い抗菌剤を1週間から2週間内服させることにしている。

歯科の材料は、実際に使用する時に二つの材料を練り合わせたりすることが多く、症例の少ない自分としてはマニュアルを参照しながらの作業になる。

以前は獣医歯科というと専用の歯科の機械が必要というイメージがあって敷居が高かったのだが、結局のところ専用の歯 科機械で数年前まで代用出来なかったのは、高圧のエアーで歯の表面や歯にあけた穴の水分を吹き飛ばしたり乾燥させたりする部分であった。 今はホームセンターでパソコン清掃用の小さな高圧空気のボンベが簡単に入手可能であるのでその部分も代用可能になり、私のような専用の機械を持たないもの でも簡単な歯髄処置ならば出来るようになったのだ。

今まで数例歯髄処置をやって、難しいと感じたことは、最初に歯髄をドリルでえぐった時に止血するところであろうか。 これがなかなか止まり難いのである。

なお、この方法はファーストエイド的な歯髄処置であって、それでも歯髄炎や根尖膿瘍になってしまう場合も、自分の今までの症例ではなかったが、あり得るらしい。

その場合には、歯髄を完全に除去して歯髄腔を歯科材料で埋めてしまうという、子供の頃に 「神経を抜く」 と聞かされていた処置(根管充填)をやるのが順番であろうが、これはさすがに歯科の専門医でなければ出来ないので希望される方には専門医を紹介することにしている。

根管充填も欠点がある。 歯髄を完全に抜いた歯は死んでしまった状態になるので、どうしても脆くなっていって、欠けたり折れたりしやすくなるのだ。 そのために根管充填した歯がもう駄目だということで抜歯する際には歯根部分も壊れやすくてどうしても残根が生じやすくなる。

トラブルの生じた歯を抜いて残根が生じると何時までも周囲の炎症が残ったりするので、犬の場合には根管充填は適当な処置なのかどうか迷うところであろう。

なお、破折が生じた際に歯髄処置を望まない方や、既に根尖膿瘍が生じてしまった症例で根管充填を望まない場合にはさっさと痛んだ歯を、残根が生じないように抜歯してしまうことが最良の対応になる。

犬の場合には抜歯をしても我々人間のようにそう悪い影響が生じないように思う。 仮に全ての歯を抜歯しても、作業犬や猟犬のように歯牙を使うことの必要とされる犬でなければ、食べ物を摂ったりするのにさしたる影響は生じないし、咬まな いからといって消化に悪影響は出ないものだ。