兵庫県加古川市|グリーンピース動物病院 の 鎮静と麻酔(安全確保のためには基本に忠実に)
診療方針

鎮静と麻酔(安全確保のためには基本に忠実に)

動物の医療を仕事にしていると、さまざまな場面で沈静や麻酔を必要にすることが多い。 さまざまな手術、簡単な処置でもあまりに臆病すぎる動物に施すには可哀相、かつ危険な場合など、安全確実に動物を非動化することがかなり頻繁に必要とされるのである。
従って、沈静や麻酔は我々獣医療従事者にとってある意味ありふれた技術であるのではあるが、これが果たして安全確実に実施されているのであろうか。 人は知らず、とりあえず私の動物病院で実施している各種の鎮静と麻酔について自分のやり方を解説してみようと思う。

目的

麻酔は、獣医療のさまざまな場面で、動物に対して手術、あるいは処置を施す際に、動物の痛み、不安、恐怖を取り除き、結果として動物自身の安全、獣医療従事者の安全を確保することを目的とするものである。
また動物の気性、処置の内容によっては、必ずしも麻酔のような完璧な非動化まで要しないこともある。 この場合は、麻酔のひとつ手前の鎮静の段階でで事足りるものである。

安全確保

私は、中国式の針麻酔については、全く知識がない。 従って西洋医学的な薬物を使用する麻酔のみをおこなっている。
鎮静にしろ麻酔にしろそれなりに動物の身体に負担を与えるものである。 従っていかにこれを安全に遂行するかが非常に大切である。
何事にもそれなりに原理原則というものがある。 鎮静、麻酔の安全に関しては、とにかく大切なことは、静脈確保とモニター、特に麻酔ではこれらに加えて気管挿管であろう。

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気管チューブとバイトブロック

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気管チューブは必ずエチレンオキサイドガスで 滅菌したものを使います

静脈確保とは、静脈にプラスチックのカテーテルを留置して、必要な時にはそこから輸液や投薬が出来るようにしておくことである。 鎮静や麻酔を実施している際に、突然心停止が生じた場合、静脈確保をしていないと、血液の循環が止まっている場合には、いくら静脈を押さえても静脈は膨れ てこないので静脈注射は不可能なのである。 また、心停止時に使用する薬物は、ほとんどが静脈から投薬しなければならないものなのである。
従って静脈確保をしないで麻酔をするということは、いわゆる麻酔の危機管理が適切になされていないと言い切って過言でないのである。
鎮静時に静脈確保をするかどうかは、使用する薬物や動物の気性を勘案してケースバイケースで判断している。

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麻酔に入った患者さん。
左手に静脈留置して点滴をつなぎ、右手には血圧計のカフを巻いています。気管チューブを挿管し、麻酔器につなぎ、気管チューブのカフは圧力調整器で圧がかかり過ぎないように調整しています。

モニターについては、完全に動物の意識を失わせる麻酔に関してはしっかりやらなければならない。 鎮静に関しては、必ずしも完璧に実行するには及ばないが、しかし、出来得る限り心電図モニターくらいは取るようにしている。

麻酔に際して当院で取っているモニターは、心電図、血圧、パルスオキシメーター(血液中の酸素濃度)、呼気中の炭酸 ガス濃度、吸気呼気それぞれの麻酔ガス濃度、呼吸(1回呼吸するごとに信号音が出、呼吸数が画面上に表示される) 体温、CRT(毛細血管再充満度) などである。

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GPAHpで使用している麻酔器

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モニター

この中で、特にパルスオキシメーターは、麻酔中の動物の変化を非常に早く知らせてくれるので、重要視している。 一般に知られている心電図については、変化が生じ、異変に気づいた時には既に対応が遅れていることがほとんどなので、現状認識には良いが事前に対応したい 時にはあまり役に立たない。

また、あまり機械に頼りすぎるとおかしなことになることもある。 人間の持つ優れた5感も素晴らしいモニター機器のひとつであるので、これを十分に活用するよう自分も心掛けスタッフにも指示している。

方法と使用する薬物

麻酔にしても鎮静にしてもいろいろな薬物が開発され使用されている。それを如何に使い分けするかが、大切なことである。 使い分けの基本は、如何に動物の状態を的確に把握するかということである。 それには、獣医自身が面倒くさがらずに、望診、視診、聴診から始まって、血液検査、レントゲン検査、心電図検査という診断手段を駆使しすることが大切であ ろう。
そうして全く健康な動物から今にも死んでしまいそうな危機的な状態の動物まで、少なくとも4段階に動物の健康状態を分類して、使用する薬物を決定するのである。

具体的に、全く健康な動物には

鎮静には、拮抗剤の注射一発で簡単に覚ますことのできるドミトールという名称の鎮静剤を使用する。 これは健康な動物には、素晴らしく無抵抗にすることの出来る薬物であり、拮抗剤のアンチセダンを注射すると、約3分から5分で覚ますことができ、処置や局 所麻酔を組み合わせた小手術のすぐあとで動物が歩いて帰ることができるという素晴らしい効果が期待されるのであるが、循環器や呼吸器にかなり強い抑制が生 じるので、本当に健康で体力のある動物にしか使わないことにしている。
静脈確保は、鎮静の場合でもなるべく実施する。ドミトールを使う相手は攻撃的で採血も困難な動物がほとんどなのであるが、この場合でも鎮静がかかった時点で静脈確保を実施することにしている。 とにかく心停止後は静脈注射はまず不可能なのである。

健康な動物に使う麻酔は、事前に鎮静剤を使用し、動物の意識レベルをかなり下げておいてから、静脈注射によって注射 麻酔薬を投与する。 処置や検査に少ししか時間を要しない場合には、気管挿管はすぐに出来るよう準備しておいて、実際の処置や検査をすぐに実施してしまい、動物を最短で覚まし てしまうことも多い。 モニターも最低心電計くらいはつないでおいて、必要に応じて追加する。 麻酔時間が長くなるようならば、必ず気管挿管してガス麻酔を実施し、モニターもフルに使用することにしている。
静脈確保は、動物の性格に応じて沈静の前か後に必ず実施し、静脈輸液は時間が短い場合は差し控え、長い場合は必ず実施する。

事前に使用する鎮静剤は、猫ではドミトール、犬ではアセプロマジンが多く、注射麻酔剤では猫ではケタミン、犬ではサ イアミラール(イソゾール)を使うことが多い、時には高価であるがプロポフォールを使うこともある。 ガス麻酔に使用するガスは、以前はハロタン(安価)とイソフルレン(高価)を使い分けていたが、ハロタンは、価格は安いものの呼吸循環機能抑制が強く、悪 性高熱(麻酔薬による体温調節中枢の乱れによる制御困難な発熱)が生じ易い傾向にあり、ここ10年間は全く使用していない、従って吸入麻酔薬は、高価だけ れども非常に安全なイソフルレンオンリーである。

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次にほとんど健康だけれども、中年以上の年令になっているとか、身体にマスがあるとか何らかの基礎疾患があるとかで、もしかして少しだけリスクを抱えているかもしれない動物の麻酔には この段階からはドミトールのような呼吸循環抑制が強い薬物は、犬でも猫でも使用しない。 鎮静剤はアセプロマジンかジアゼパム、もしくはミダゾラム(ドルミカム)である。 吸入麻酔薬(イソフルレン)の使用量を少しでも減らすために、痛み止めとしてブトルファノール(スタドール)を使用することも多い。

静脈確保は原則実施、静脈輸液は時間が非常に短い場合のみ保留。 モニターも必ず実施。注射麻酔薬はイソゾールかプロポフォールを使用。気管挿管は少しでも時間が長くなりそうだったら必ず実施し、酸素吸入を行ない、注射麻酔の効果が弱くなるとともにスムースにガス麻酔に移行する。
基礎疾患の種類によっては禁忌となる薬物もあるので、必ずテキストで事前に確認する。 さらに、高齢だとか基礎疾患の程度がかなり進行していて結構こわいよという、中程度から高度のリスクを抱えている患者さんには 基礎疾患の種類と使用する薬物の適合性をテキストで事前に確認。

鎮静剤にはホリゾンかドルミカムしか使用しない。 導入薬として使用する注射麻酔剤は、プロポフォールがメイン。 他の薬剤はほとんど使用せず。
静脈確保、静脈輸液、気管挿管、吸入麻酔、完璧なモニター、 そして何より終始一貫して獣医師の緊張感を完璧に持続させること。
結構疲れます。

最後に、あと一押しであちらの世界に行ってしまいそうな非常に危ない状態の患者さんには 鎮静剤は使わないことが多い。 少しでも呼吸循環の抑制を避けたいためである。
気管挿管までの導入には、静脈確保後のプロポフォール注入か、あるいは導入用の密閉したボックス内でのイソフルレン吸入、もしくはマスクによるイソフルレン吸入を使用する。 静脈輸液、完璧なモニターは言うに及ばない。 鎮痛剤、局所麻酔を併用して、呼吸循環器系に負担をかけないで痛みのコントロールを行なうことにより、少しでも安全に仕事を終えるように心掛ける。

鎮静、麻酔はとにかく神経を使う作業である。 なるべく簡単に整理して書こうと思ってはいたが、何かまとまりのつかない文章になってしまった。 ここに記載しなかったノウハウもまだまだ存在するのであるが、書くと却って読みづらいと思い割愛した。 私が患者さんにどれだけ安全確保を心掛けているか、その一端がお伝えできれば幸甚である。