兵庫県加古川市|グリーンピース動物病院 の 2012 11月 09
院長ブログ

日別アーカイブ: 2012年11月9日

11/08 マルチーズの免疫介在性溶血性貧血

表題の免疫介在性溶血性貧血とは、自分の免疫抗体が自分自身の肉体を攻撃してしまうという、自己免疫性疾患の一種であります。

例えて言えば、自衛隊が自国民を攻撃するようになったという、悲しい病気なのですが。

狂った免疫機能がターゲットにする相手が赤血球の場合、免疫介在性溶血性貧血ということになりますし、皮膚組織の場合天疱瘡という病気になります。免疫機能が間違ってターゲットにしてしまう相手は、その他にも関節軟骨であるとか、甲状腺組織であるとか、腸管であるとか、いろいろ様々です。

そして、免疫介在性溶血性貧血でも、診断が特に難しいのは、先月に大学病院に診断を依頼した病気で、昔赤芽球癆と呼んでましたが、今でもそうなのか?骨髄の中で育って来て、今まさに循環血液中に出て行こうとしている若い赤血球が、自分の免疫で壊されてしまうという病気であります。この場合には、骨髄の生検と病理診断が必須になります。

この度診察した10才8ヶ月令のマルチーズの男の子の場合、来院まで4日か5日間突然食欲がほとんど消失してしまうという症状が出て、来院当日には散歩に連れて行こうとしたら、すぐに立ち上がったものの倒れてしまったという稟告でした。

視診で、どうも舌の色が異常に薄いように感じましたので、飼い主様に検査の必要性をお伝えして。
まず血液検査(全血球計数と血液生化学検査)とエックス線検査を行ないました。

血液検査でまず目を引いたのは、重度の貧血です。赤血球容積が9.3%しかありません。これくらいの数字の場合、動物は酸欠で口を開いた呼吸になることも多いですが。この子の呼吸状態は正常でした。

私たち獣医師が動物の貧血を発見した時にまず考えなければならないのは。

その貧血が、悪性腫瘍とか後天性免疫機能不全などが原因で骨髄で赤血球が造られなくなって生じた「非再生性貧血」なのか?

もしくは骨髄では一生懸命に赤血球を造っているのに、出血とか血管内溶血とかで貧血が進行して行くという「再生性貧血」なのか?

ということなのであります。

そして、その見極めの決め手となるのが、血液中の若い赤血球である「網状赤血球」の絶対数です。

犬でも猫でも、網状赤血球の絶対数と貧血との関連は、ちゃんとデータがありますから。網状赤血球数をカウントすることの出来る血球計数機を持っているか?あるいは特殊染色を行なった血液塗抹標本を顕微鏡で覗いてコツコツとカウンターを使って自分で計数するのかのどちらかを行なわなければなりません。

グリーンピース動物病院の場合、アイデックスラボラトリーズという米国のメーカー製の、レーザーサイトというレーザー光線の反射を用いた全血球計数が出来る血球計数機を使用しておりますので。
貧血を発見すると同時に、網状赤血球の絶対数もプリントアウトされて来ています。

ゴンちゃんの場合、網状赤血球は1μm当たり120,5300という数字で、骨髄は貧血を改善すべく一生懸命に頑張っているということが見て取れます。

即ち、ゴンちゃんの貧血は、「再生性貧血」なのです。

再生性貧血の場合、次に考えるべき問題は。それが出血性なのか?溶血性なのか?ということですが。これも全血球計数のデータの読み取りと血液生化学で黄疸色素が上昇しているのかどうか?で判断が付きます。

この場合、溶血性貧血は間違いないという結果でした。

更に突き詰めるべきことは、溶血性貧血にも、犬の場合「バベシア原虫」の寄生に拠るものか?ヘモバルトネラ寄生に拠るものか?あるいは最初に書いた免疫介在性の溶血性貧血なのか?という問題です。

ここで血液塗抹標本を真面目に評価する必要があります。血液塗抹標本を顕微鏡で覗きもしないで貧血をうんぬんする獣医師が居たとすれば、その獣医師ははっきり言って似非獣医師であり藪であると断言しても良いと思います。

私が見た塗抹の印象としては。
まず、赤血球が大きなのや小さいのやいろいろのサイズがあることと、球状赤血球が多数見られるということです。

上の画像を見れば、赤血球のサイズがいろいろであるということはすぐに判ると思います。
球状赤血球とは、丸い赤血球の中心部の色が薄くなっていない物をそう言います。

バベシア原虫らしき像も存在はしているのですが、正直アーティファクト(人工産物)との区別がはっきりしないので自信はありません。また、ヘモバルトネラの寄生は無いと言って良いと思います。これは自信があります。

上記画像の矢印の先にある色がわずかに薄くなっている部分がバベシアか?という構造なのですが。どうもはっきりと判りません。

なお、ヘモバルトネラの寄生は、正直他の基礎疾患があって、免疫機能が低下している犬でなければ、ほとんど診たことはありません。

脾臓や肝臓の血管系の腫瘍で生じるかけらのような赤血球は存在しませんでした。

塗抹の鏡検では、球状赤血球が多数確認されましたので、獣医の教科書を紐解くと、球状赤血球の存在は免疫介在性溶血性貧血を示唆するとなってはいますが。
バベシアに似たような赤血球内の構造も見られることですし。

ここでバベシアか?溶血性か?というこの問題を解決するには、外注検査による自己免疫抗体の確認(クームス試験)とバベシアの遺伝子診断とが決め手になると思います。

もう一度採血して、全血を検査センターに送ることにしました。

ただ、検査をするのは良いのですが。結果待ちの1日とか2日の間にも病状は進行して行くことでしょうから。何とかしなければなりません。

緊急避難的処方ではありますが。バベシアの特効薬の皮下注射と、免疫介在性溶血性貧血の第1選択薬であるステロイドホルモンの免疫抑制量の皮下注射のどちらも一気に行なうことにします。

輸血はとりあえずしません。口を開けた呼吸とかのひどい酸欠症状は見られないことと、血液型の事前の検査が出来ていないことがその理由です。

血液型の検査は、健康な時に前もって実施して置くのが正しいやり方で。こんなひどい貧血になってから慌ててやっても、少なくとも院内の検査では正確に結果が出ないことが多いです。

そんなことを言っていても、いよいよ危ないとなれば、我が院のドナー犬を務めてくれている謙ちゃんからの採血をやって、ためらい無く輸血を実施する心積りはあります。

という風に、ゴンちゃんの貧血の診断と治療は進んで行きましたが。

その夜には、ゴンちゃんは未明に輸液ラインをひどくキンクさせて、輸液が出来ない状態にしてくれました。しかも、それを直そうと試みると激しく抵抗して、悪くすると彼がショックを起こすか?私が咬まれて大怪我をするか?という感じでありました。

それでも、翌日になると、ゴンちゃんはいきなり朝食を食べてくれます。バベシアの注射か?ステロイドの注射のどちらかが?効いているのは間違いなさそうです。

入院2日目の夕方にはクームス試験の結果が帰って来まして。自己免疫抗体の存在は、確実とは言えないが怪しいと言うレベルの結果でした。
免疫介在性溶血性貧血の約3割はクームス試験陰性というセミナーの話しもありますので。陽性ならば確実で、陰性でも疑いは晴れないというところでしょう。

その間にもどんどん元気になって行って。入院3日目が終了するところで退院ということになりました。バベシアの遺伝子検査も陰性という報告がファクスされて来ましたので。診断としては免疫介在性溶血性貧血で良いと思います。

ゴンちゃんの今後の治療方針としては、ステロイドが効くのであれば、それ単独で。効きが今一つであれば、サイクロスポリンのような強力な免疫抑制剤との組み合わせを使用して。
とにかく血球容積を正常値にまで持って行って。貧血が改善したのであれば、徐々にお薬の量を減らして行って。

目標では3ヶ月後にはお薬からの離脱を図るということが、治療のゴールであります。

当然ステロイドを沢山使用しますから、最初の頃は毎週血液検査を実施して副作用のモニタリング、貧血改善の確認を行わなければなりません。

そんなことで、ゴンちゃんの貧血の治療は始まったばかりですが。ちゃんと道筋はつきましたので、頑張って治して行きたいと思います。

画像は入院3日目にして、退院を待っている猛犬ゴンちゃんの可愛らしい姿であります。

ではまた。