兵庫県加古川市|グリーンピース動物病院 の 2014 6月 16
院長ブログ

日別アーカイブ: 2014年6月16日

ボーダーコリーの炎症性腸疾患(IBD)

ボーダーコリーの、もうすぐ1才4ヶ月令になる女の子の話しですが。少し遠い街に住んでいる子でして。飼い主様がグリーンピース動物病院のHPとか私のブログをお読みになってこちらに受診されたということです。

この女の子ですが。2月の半ばに、野鳥の糞を食べてから急に下痢が始まったとのことです。

それで、近くの主治医の先生のところで、それこそいろいろやってみたのですが。新しい治療を試みると、少しの間反応した後、すぐに下痢が再発してしまうということでした。

最近やった治療としては5月の14日からパンクレアチンという消化酵素を食事に添加するというものでしたが。これも最初の1週間はそれなりに効果があったようだが。すぐに下痢が再発して。パンクレアチンの量を7グラムから15、20、30グラムへとどんどん増やしていっても、改善しないということです。

今までやった検査の資料を見せてもらいましたが。それこそ、内視鏡を使った十二指腸粘膜の病理検査から、私が昔利用していたことのある広範なIgEの検査までやってました。

しかし、いくつか気になることがあります。
それは、パンクレアチンを投与しているし、利きが悪くなったのにしつこく増量している割りには。消化酵素が不足している症例のエビデンスとなるはずの犬トリプシン様免疫反応物質(c-TLI)という検査を行なっていないということ。
実施していた血清のIgE検査は、やってみれば全く症状の出ていない子でも全部で90以上の項目のうち20や30くらいは普通に陽性反応が出て、検査結果と臨床症状との間の関連性が不明確なものであること。
院内の血液検査は実施しているものの、下痢症状が存在している時には必須であると私が感じている数項目が測定されていないこと。

などであります。

そこで、アレルギーの疑いに対しては、動物アレルギー検査株式会社の「アレルギー強度試験」を実施することにしました。

また、初日には食事を摂った状態でしたので。翌日空腹状態にして再来院してもらい。c-TLIを測定すると共に、検便にて寄生虫の検査を実施します。

検便では特にこれといった寄生虫は見つかりません。また翌日に帰って来たc-TLIの数値は正常範囲内でしたし。アレルギー強度試験では一応陽性でしたが。そんなに激しいものではありません。

c-TLIの検査結果が帰って来て翌日に、腹部エコー検査と、院内の血液検査を実施しました。

腹部エコー検査では特段の異常は見つかりません。腸管の粘膜の構造とか全然正常な感じです。
院内の血液検査でも膵炎関連の数値や炎症マーカーである犬CRPも全くの正常値です。

それで。今までの動物病院で実施して来た検査の結果も含めて考えると、炎症性腸疾患(IBD)の可能性が非常に高いと考えました。

因みに、世界小動物獣医師会(WASAVA)によるIBDの臨床診断基準では。
1、慢性消化器症状が3週間以上続いていること。
2、病理組織学的検査で消化管粘膜の炎症性変化が明らかである。
3、消化管に炎症を引き起こす疾患が認められない。
4、対症療法、食事療法、抗菌薬などに完全には反応しない。
5、抗炎症薬、免疫抑制療法によって症状が改善する。

というもので。IBDと診断するにはこれらの総て、あるいはほとんど総てを満たす必要があります。

この子に対しては1から4までは、軽いアレルギー以外は既に満たしていると思われますので。残るは5のみということになります。

そこで、IBDの第1選択薬であるプレドニゾロンというステロイドホルモンを、初期用量とされる量を1週間処方し。それまで食べていた中途半端な加水分解タンパク食を、徹底した完璧に近い加水分解タンパク食に変更してもらいました。

ステロイドホルモンを処方して1週間経った今日。来院されて言われるには。「この数ヶ月来有り得ないくらい正常な便が出るようになった。」ということでした。

この子は、今後の経過はどうなるのか?まだ完璧ではないにせよ。今のところIBDと言って良いのではないか?という感じです。

今後3ヶ月間は今の治療を継続して。状態が良ければ1ヶ月くらいかけてステロイドからの離脱を図る予定で行きますが。
ステロイドからの離脱が無理ということになったら。生涯にわたる免疫抑制療法が必要になる可能性がありますので。

その時は、ステロイド以外の長期投与が可能な免疫抑制剤を処方することになるかも知れません。

いずれにしても、遠くから訪ねて来られて、何とか恰好が付きそうですので少しホッとしています。

若く美しいボーダーコリーちゃんと飼い主様には、これから元気で幸せな生活をいつまでも続けて欲しいものであります。

 

 

 

急性フィラリア症(大静脈洞症候群)

昨日、電話がありまして。

「1週間前に近くの動物病院で急性フィラリア症と診断されたのですが。状態が悪くて手術が出来ないと言われまして。お薬をやっているんですが。手術をしてもらえるんですか?」

という内容でした。

急性フィラリア症は、大静脈洞症候群といいまして。通常は右心室から肺動脈に寄生している犬フィラリア虫が、右心房から大静脈洞に移動することにより、急速に心不全状態が進行して。呼吸困難、運動不耐症、血色素尿などの厳しい症状が生じ、手術でフィラリア虫体を摘出しないと、多くは1週間から2週間で死亡してしまうという怖ろしい病気です。

私が思うには、急性フィラリア症にかかった犬の状態が悪いのは当たり前のことでして。
如何に状態が悪くとも診断がついた時点で急いで手術を行なわなければ。今悪い状態が、明日はもっと悪くなり、明後日はさらに悪くなり。手をこまねいている間に手術の成功率はどんどん悪くなってしまうのです。

ですから、どんなに状態が悪くても、急性フィラリア症と診断がついた時点で、最悪術中に死亡する確率は30%くらいはあることを飼い主様に了承してもらった上で、勇気をもって手術を行なうというのが、私の方針であります。

電話の向こうの飼い主様に、大体以上のような内容のことを説明した後、「こちらに受診していただければ、頑張ってみますよ。」とお伝えしたところ。

「実は、こちらは千葉県なのです。」というお返事でした。

「それでは、近くの動物病院をいろいろ当たってみて、手術をしてもらえるところを探してみられた方が良いと思います。」とお伝えして。いったん話しは終わりました。

後刻、再度電話が入って。数件当たった動物病院ではいずれも手術は出来ないと言われたということでして。
「兵庫県のグリーンピース動物病院まで走ります。のでよろしくお願いします。」ということでした。

それで。今朝、9時前にはるばる千葉県からワンちゃんと飼い主様が来院されました。

ワンちゃんは、11才の雑種犬で体重は10キロちょっとの男の子です。

今までの血液検査のデータとか見せてもらって経過をお聴きして。
胸部聴診をしてみると。急性フィラリア症特有のゴロゴロというような収縮期性雑音が聴取されました。

エックス線検査では、普通に右心室が大きくなったフィラリア症特有の心臓が観察されます。

心エコー図検査を行なってみると、拡張した右心房に糸状のフィラリア虫体が多数見られます。これで急性フィラリア症は間違いないということになります。

血液検査を実施したところ、白血球数の著しい増加とGPT、GOT、ALP、BUN、IP(無機リン)、リパーゼ、犬CRPがいずれもひどく上昇しています。その数値は7日前や4日前と比較してみると、日を追う毎にひどくなって来ているのが見て取れます。

この飼い主様は、これだけ行動力があるのに、何でフィラリアに罹ってしまったのだろうか?と、予防をしなかった理由を尋ねてみたところ。いろいろと忙しかったのと、油断していたというお返事でした。

飼い主様には、手術は頑張ってチャレンジしてみること。最悪死亡してしまう可能性はあること。を説明し了解を得て。

前腕の静脈にカテーテルを装着し、静脈輸液を開始しました。
輸液には、血液電解質も相当狂っていて、低ナトリウム低クロール血症になっていましたので、生理食塩液を使用しました。
このような状態の子は、血液凝固系が暴走する播種性血管内凝固(DIC)という末期的な異常が生じることが多いですから。低分子ヘパリンも静脈に添加します。

しかし、手術準備を整えつつある午前10時半過ぎに、急に嘔吐した後、舌の色がチアノーゼに陥ってしまい。
急いで手術室に運んでみると、既に心停止が来ています。心マッサージと酸素吸入をしながらアドレナリンの静脈内投与を行ない。心室細動状態の心臓に対してカウンターショックまで駆使して蘇生術を行ないましたが。

元気な子が何かのきっかけで心停止が来たのと違って、弱って弱って、いよいよの状態で止まった心臓が戻って来ることはありませんでした。

ワンちゃんの生命力が手術前に尽きてしまった原因としては。長距離の移動とかの要因よりも何よりも、急性フィラリア症と診断した後、通り一遍の内科的療法をするだけで、外科手術をせずに放置していたということが最大の要因だと思います。

獣医師は、いろいろな要因で必要な手術や治療を動物にしてやることが出来ないこともあるかとは思いますが。そんな時には、二次診療施設に紹介するとかの手立てを取ることも必要なのではないでしょうか?

せっかく遠くから私を頼って来院されたのを、何とか助けてやりたかったのですが。残念な結果になってしまいました。

本当に、本当に、残念なことであります。記事を書いていて涙が出て来ます。